農福連携による障がい者支援にも挑戦
16年間の社協勤務で得た知識や現場経験を活かして、地域の福祉向上に取り組む
社会福祉法人 秀和会
理事長 水村康夫
みずむらやすお;1975年、埼玉県生まれ。福祉系の専門学校を卒業後、所沢市社会福祉協議会に就職。市内の障害者支援施設で現場を経験したほか、事務局で被災地の災害ボランティアセンター運宮支援などの業務に携わる。16年間勤務後、2013年に秀和会に入職し、法人事務局長に就任。2019年より現職。
秀和会は埼玉県の所沢市と富士見市で複数のこども園や保育所、障がい者支援施設を運営しています。地元の社会福祉協議会での勤務経験を活かし、法人の経営に携わる水村 康夫理事長に、これまでの経緯や今後の展開などについてうかがいました。
秀和会43年の歩み
秀和会は1983年に設立され、0~2歳児の乳児専門の保育園として定員30名の「れんげ保育園」を所沢市に開設した。2003年には保護者の要望に応え、対象を5歳児まで拡大し、60名に増員。
2005年には園舎を増築して90名に増員した。
2013件には富士見市に定員90名の「富士見れんげ保育園」を開園し、2年後に「富士見れんげこども園」に移行。2016年にはれんげ保育園も「れんげこども園」に移行し、2025年に園舎を新築して定員を154名に増員した。
2018年、富士見市に「鶴瀬れんげ保育園」を開園。同年に所沢市の「ほしのこ保育室」の運営権を引き継ぎ、小規模保育所「れんげほしのこ保育室」を開園したほか、翌年には「鶴瀬れんげ保育室」を開園した。
「園児一人ひとりに光を」の理念のもと、教育・保育日標に「思いやりのある子」「健康で明るい子」「創意工夫をする子」を掲げて各園を運営。さらに、2020年には障がい者就労継続支援B型事業所「れんげの郷ところざわ」を開所し、農福連携による支援をスタートした。
7反の畑を地主から借り、農業生産法人を設立して本格的に「農福連携に取り組んでいる。主に障がい者就労継続支援B型事業所の作業として、利用者が手分けして畑作業に従事。
以前から「食育」の一環として、園児たちが畑で種まきや収穫の作業を行ってきた。収穫した野菜は給食に使用するほか、秋には、保養者も参加して皆で「芋掘り大会」を開催する。
社会福祉法人秀和会
法人許可 1983年5月1日
理事長 水村康夫
所在地
〒359-0026
埼玉県所沢市牛沼658-1
URL https://renge.ed.jp/
事業内容
・こども園「れんげこども園」「富士見れんげこども園」
・保育園「鶴瀬れんげ保育園」
・小規模保育所「れんげほしのこ保育室」「鶴瀬れんげ保育室」
・障がい者就労継続支援B型事業所「れんげの郷ところざわ」
視点1
ジャンルにとらわれない挑戦ができると思い社協に就職
「関係者と密にコミュニケーションを取り、信頼関係をきずくことの大切さを痛感しました」
秀和会は、埼玉県所沢市で保育園を運営するために設立された法人です。国会議員秘書を務めていた父が、全国各地の視察に同行した際、保育の質に対して危惧を抱き、自ら保育園をつくろうと思ったのが出発点です。
父は秘書を辞め、資金集めに奔走して人を設立し、1983年に念願の保育園を開園しました。当時は珍しかった0~2歳児専門でしたが、保護者の要望が多かったことから、20年後に5歳児まで拡大し、定貝も倍増しました。その後、所沢市と富士見市内に保育施設を相次いで開設しました。
私は高校卒業後、地元にできた介護福祉士養成の専門学校に1期生として入学しました。「これからはますます高齢化が進み、福祉の時代になる」といわれた時代で、複数の高齢者施設で実習を重ねてその重要性を肌で感じ、この道に進むことを決意しました。
当時、介護職は女性が圧倒的に多く、男性は珍しかったので、実習先では何度もスカウトされました。しかし、ちょうど注目されはじめた「在宅介護」に興味をもちました。まだ行政サービスの一環として、市町村から委託を受けた「家庭奉仕員」が各家庭を訪問していた頃です。通っていた専門学校でも、ホームヘルパー養成講座が盛んに行われ始め、学校には所沢市社会福祉協議会の方がよく来られていて、いろいろ話を聞くうちに、ジャンルにとらわれず、さまざまなことに挑戦できると思い、卒業後は社協に就職しました。
社協では在宅介護の部署に1年いた後、障がい者支援の現場を経験しました。市立の知的障害者授産施設「きぼうの園」で2年、重症心身障がい者の生活介護を行うデイケア施設「こあふる」で10年働きました。後者は重度の障がいがある方が対象なので、食事や入浴などの生活介護に加え、医療的ケアにも携わりました。はじめてのことが多く、先輩職員から教わったり、各種講座に参加して専門家の指導を仰いだりしました。
とくに苦労したのはご利用者の保護者とのコミュニケーションです。何年もわが子の障がいと向きあってきた親ならではの葛藤、想いの積み重ねがあります。若いころは、それをよく理解しないまま、「健常者と比べて」とか「親亡き後」など、何気なく発言をして保護者の心を傷つけてしまい、よく叱られました。密にコミュニグーションを取り、信頼関係をきずくことの大切さを痛感しました。それはいまでも職員や保護者との間で最も心がけている点です。
法人設立の1983年に開園した「れんげ保育園」が、2016年に、認定こども園に移行。2025年4月には木の温もりが感じられる新園舎が完成し、定員も154名に増員した。
「れんげこども園」「富士見れんげこども園」「鶴瀬れんげ保育室」の3園合同で、毎年「ホッケー大会」を開催。競争心を高め、チームワークの大切さを学ぶ機会に。
視点2
社協時代の経験を活かし、職員のメンタル面をサポート
「どんなに経営理念が立派でも、職員の意識が低ければよいサービスは提供できません」
私が秀和会に入職したのは、2013年の事です。ちょうどその頃、法人で新しい保育園を立ち上げることになり、父に「手伝ってほしい」と言われたのです。当時、私は社協事務局に戻ってボランティアセンターや学校、地域に出向いての福祉教育、地域福祉の推進事業に携わっていました。
2011年の東日本大震災では被災地での災害ボランティアセンター支援、所沢市からボランディアを募って大型バスで現地の支援、その後は、所沢市での災害ボランティアセンター設置訓練等、多忙を極めていました。やりがいも感じていましたが、父の熱意に心を動かされ、16年間勤めた社協を退職し、法人に事務局長として入職しました。
当時は新しく保育園を立ち上げるために新規採用を行ったばかりで、職員は2園併せて60名程度でした。事務局長として新人職員研修を企画・実施しましたが、私も保育の現場ははじめてだったので一緒に勉強しました。
日本古来の伝統行事である餅つきや節分、七夕などを毎年実施したり、「親子ふれあいフェスティバル」などの住民参加型イベントも開催している。
そして、何より考えたのは、法人がうまく回るようにすることです。当時、理事長兼会長だった父は、「昭和の人」で、怒るときはがっつりと怒るので、落ち込んだり反発したりする職員もいました。私は現場の仕事が長かったので、職員の気持ちもわかります。そこで、できるだけ職員とフランクに接し、悩みを聞いたり、要望を父に伝えたりして、現場が気持ちよくスムーズに回るように、メンタル面からサポートしました。
これは社協にいたからわかったことですが、どんなに経営理念がすばらしくても、どんなにリーダーが立派でも、現場で働く職員の意識が低ければ、よいサービスは提供できません。福祉を支えるのは「人」です。職員同士が信頼しあって、笑顔でいることが、ご利用者にもよい影響を与え、質の高いサービスを生み出します。
そのため、当法人では職員の行動指針として「One for all All for one(一人は皆のために、皆は一人のために)」を掲げ、その価値観を全職員150名で共有しています。感謝の気持ちを大切にして、共感しあえる関係づくりやプ口としての資質向上を図り、「施設の代表である」という自覚や責任感をもって職務にあたることで、「仲間を思いやり、気が利く職員集団」をめざしています。気になる兆候が見られる場合は、面談などで早めに対応するようにしています。
両こども園には、「子育て支援センター」を併設。2026年から「こども誰でも通園制度」を本格始動するほか、児童相談所との連携など、保育所の多機能化に取り組んでいる。
<視点3>
2020年には新たに障害分野にも参入
「“必要とされる方が一人でもいるならやろう”というスタンスで、事業を広げています」
当法人はその後、所沢市と富士見市に保育園や小規模保育所を相次いで開設しました。さらに、2020年には障がい者就労継続支援B型事業所「れんげの郷ところざわ」を開所しました。
父はいつも新しい事業を開拓することに意欲的でした。実は私が入職する以前にも、2つ目の保育園をつくる前に障がい者支援の分野への参入を検討したのですが、採算面の不安などから断念したことがあったそうです。
ところが、時を経て、卒園児のなかに特別支援学校に入学する子がでてきて、その保護者から「息子の将来の受け入れ先をつくってほしい」と懇願されたのです。法人を設立したときから父は一貫して「必要としている方が一人でもいるならやろう」という信念をもっていました。
障がいの分野は、私の社協勤務時代の知識や経験も十分活かせます。さらに、父からのアドバイスである「腹心となるよい人材を採用する」ためには人件費を確保することが必要で、新規事業で収益を出す必要があったのです。
調べてみたところ、行政区内には就労支援施設が少なく、すぐにOKが出そうだとのことでした。そこで、「いまがチャンス!」と急ピッチで準備を進め、2020年に完成させました。残念なことに父は病気で完成を待たず直前に亡くなってしまいましたが、その後は私が理事長となり、父の想いも引き継いで経営にあたっています。
事業をはじめる際は、やはりタイミングはもちろんですが、熱量が重要です。あのとき、スピーディに決断できたのがよかったのだと思います。
社協時代によく小中学生向けの福祉教育で、福祉(ふくし)とは「ふだんの」「くらしの」「しあわせ」の略でもある、と説明していました。それを法人として背伸びしすぎずに実現できるかどうかが、事業を決める際の決め手といえるかもしれません。
<画像>
2020年に開所した障がい者就労継続支援B型事業所「れんげの郷ところざわ」では、除草、栽培、収種、選別などの農作業を中心に、プランター製作や軽作業などを実施。
<画像>
畑では園児たちが農作業を見学したり、手伝ったりする場面が見られる。子どもたちと障がいがある利用者が言葉を交わして交流する貴重な機会にもなっている。
<視点4>
農業生産法人を設立して農福連携を推進
「仕事はもらうのではなく、自前でつくって売る仕組みをつくらないと長く続けられません」
当法人では、以前から「農福連携」に力を入れ、私が農業生産法人を設立して、野菜づくりや販売に取り組んでいます。もともと園の子どもたちと食育の取組として畑作業を行っていました。そのなかで地域の畑がどんどん空いていくのを目の当たりにして、福祉と農業の連携が今後の日本に必要なことだと感じました。それがたまたま、国が農福連携を打ち出すタイミングと重なりました。
社協時代に授産施設で請け負う作業を近隣の企業に頼みに行くと、応じてはくれるけれど、業績悪化などにより仕事を打ち切られることもありました。そこで、他人にお願いして仕事をもらうのではなく、自分で仕事をつくって売る仕組みをつくらないと、長く続けることはできないと思ったのです。
現在は地元の地主の方から7反(7000平米)の畑を借り、ネギ、サツマイモ、小松菜、人参などの野菜を育てています。障がい者就労継続支援B型事業として、ご利用者が耕作や雑草取り、収穫などの農作業に従事しています。納期のプレッシャーがかかる内職作業と違って屋外でのびのびと作業できる点もよい効果となり、皆さん、生き生きと作業しています。
収穫物は園の給食に利用するほか、地元の直売所やイベントなどで販売しており、地元住民からも好評です。とくに専用の機械でつくる焼き芋は大人気です。収支状況はまだまだ赤字で、酷暑対策や品質安定などの課題もありますが、近隣の農家の方に聞くと気さくに教えてくれますし、地域との交流にも役立っています。
これからの社会福祉法人は、法定の社会福祉事業だけでなく、いかに地域の住民のために福祉の輪を広げられるかがカギとなります。現在のこども園は子育て世代の「最後の砦」として、この地域で安心して楽しく子育てができる環境の維持をめざしています。
さらに、農福連携を通じて、障がい者の方がたとともに取り組みながらさらなる事業展開ができないかと考えています。保護者向けの夕飯販売や、子ども食堂での学習支援、不登校支援、児童発達支援施設なども検討中です。今後も社協で得た知識や経験、人脈などを活かしながら、地域の福祉向上に努めたいと考えています。
<画像>
畑で収穫したネギ、芋、人参、小松菜などの野菜は、地元農家の売り上げに影響が出ないよう、市場には出さず、直売所やイベントなどで販売。酷暑対策や品質安定などが課題に。
<画像>
就労支援の受入れ先の一つである地元企業の福利厚生メニューとして、芋掘り体験を実施。家族連れに人気。
経営協に期待すること
経営協には全国の社会福祉法人が大小関係なく入会していますが、大きな法人の取組だけでなく、中小の法人が「うちでもできる」と思えるような事例も取り上げてもらえると助かります。これからも「知る」「学ぶ」だけでなく「つながる」ためのノウハウなど、入会してよかったと思える情報を紹介してほしいと思います。






